賢さは測り方でいくらでも変わる
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人間の基準に当てはめて考えれば、人間は地球上で一番賢い生き物ということになります。まあ、普通に考えれば当然の帰結ではあります。ただ、賢さの基準をどう定義するかによっては、必ずしもそうとは言い切れません。
例えばイルカは、人間には感知できない音波でコミュニケーションを取っています。コウモリは超音波を使って、真っ暗闇でも獲物を狩ることができます。ゾウの鼻に至っては、餌を食べたり物を拾うだけでなく、極めて高感度なセンサーとしても機能しています。人間には到底扱えない道具を使い、それぞれの持ち場でしっかり成果を出しているわけです。
一方で、類人猿の賢さを測るときには、棒を使わせたり、瓶のフタを開けさせたり、鏡を見せて自分を認識できるかを調べたりします。これらはすべて人間が観測可能で、なおかつ人間が得意な領域です。そんな土俵で勝負させれば、人間に軍配が上がるに決まっています。要するに、我々はホーム、動物たちはアウェーで戦わされているという構図です。それで勝ったからといって、賢さで完全勝利と言ってよいのかは、少し考えた方が良さそうですね。
人間と同じことができるかどうかで優劣をつけるのは、やはり無理があります。それぞれに持ち味があるのですから、まずはそれを理解したうえで、素直に観察することが大切ではないでしょうか。もしやり方が間違っていたと分かったなら、即座に訂正して正しいやり方に変える。そうすれば、結果も自然と変わってきます。
答えありきで物事を見るのではなく、事実をそのまま受け止める必要があります。基準の置き方次第で、答えはいくらでも変わります。見る角度が違えば、同じものでも違った形に見えるのは当たり前ですよね。
ビジネスの現場でも、当たり前のように間違った固定概念が踏襲され続けているケースは少なくありません。最初から見たい答えがあり、それに合う証拠だけを集めている、という状況もよく見かけます。それは答えに合わせて角度を調整しているだけです。そもそも、その答え自体が合っているのかを問う工程が抜け落ちています。本来は、本当はどんな形なのかを調べる方が先のはずなのに。要件定義が間違っていれば、間違った答えが出てくるのは当然です。俯瞰した視点を持たずに仕事をしていると、やっていることは作業にはなっても、仕事にはなりません。
これまではこのやり方が当たり前だった、しかし客観的に見てみるとどうも違和感がある。そう感じたなら迷わずこれまでのやり方は捨てるべきです。
間違いに気づいたら、すぐに軌道修正することが重要です。とはいえ新しいことに踏み出すのは勇気が要ります。これまでのやり方を変えて失敗すれば、叱責されるかもしれません。ただ、安心してください。これだけ時代が変わっている中で、誰も正解など分かっていません。失敗そのものは問題ではありません。その道が行き止まりだったと分かった、というだけの話です。問題なのは失敗を失敗のまま放置することです。なぜ失敗したのかを分析し、次のアクションにつなげれば、その失敗はもはや失敗ではなくなります。ダラダラ引きずらず、さっさと次に行きましょう。
行き止まりだと分かっていても、引き返せない場面があります。「ここまで時間とコストをかけたのだから、もう少し粘ろう」そんな言葉を耳にすることも少なくありません。これは、いわゆるサンクコストの罠です。行き止まりと分かっているのに進み続けるのは、何がしたいのか分からなくなっている状態とも言えます。過去にかけたコストは、もう戻ってきません。ここは潔く勉強代だったということにしておきましょう。その方が次の新しい道を探すための行動力になります。遠回りした経験が、結果的に役に立つこともあります。少なくとも、同じ行き止まりにはもう迷い込まなくて済むはずです。
基準を見直す。やり方を疑う。間違いに気づいたら、引き返す。それだけで賢さの使い方はずいぶん変わってくるのではないでしょうか。

参考文献:動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか