自分の時間は、自分でしかつくれない
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目的と手段を混同している人、あるいはそんなシーンに遭遇すること、けっこうあります。たとえば、早起きについて考えてみましょう。「早起きしたいのに、できない」と嘆く人、いますよね。朝なかなか起きられないというのは、ありがちな悩みです。この起きられない理由を考えたとき、まず言えるのは、なぜ早起きするのかの定義づけが弱いということではないでしょうか。早起きはあくまで手段であって、目的ではないはずです。何かしらのメリットがあるからこそ、人は早く起きようとします。遠足の日の朝にスパッと起きられた、あの記憶——あれこそ強烈な動機づけが機能していた証です。
もちろん中には、とにかく早起きがしたいという、早起きそのものが目的と化している人もいるかもしれません。それはそれで、なかなかユニークなライフスタイルだと思います。ただ、ここでは早起きを目的達成のための手段と捉えている人向けに話を進めます。かく言う私も、かつて早起きを目的化して失敗した側の人間です。
新卒で入社した会社で働いていた頃、私は早起きが非常に得意でした。当時はその理由がよく分かっていなかったのですが、今振り返ってみると、早起きを手段として認識できていたからだと思います。当時の勤務状況は、今ではなかなか再現困難なレベルでした。朝7時に出社し、帰宅するのは日付が変わってからが当たり前でした。平日はほぼフル稼働で、土曜は隔週出勤、日曜だけが唯一のオフという状況でした。まさに「自分の時間?それ何?」状態です。念のため申し上げておくと、いわゆるブラック企業ではありません。
やることもないのにダラダラ残業していたわけではなく、当時担当していたプロジェクトが佳境に入っていて、純粋に仕事が多かったというだけの話です。もちろん要領の悪さもあったでしょうけども。報酬も、同年代の異業種の友人たちと比べればやや高め、福利厚生も充実していました。ただ、ほんの少しだけ多忙を極めていただけです。ほんの少しだけ。
このような働き方をしていると、日常的に自分の時間は消えていきます。それでも私は当時から、自分でコントロールできる時間が多ければ多いほど、人生は豊かになるという理解がありました。だからこそ、精神的なストレスもそれなりに感じていました。
当時の私は、ランニングにハマっていました。しかし、日中にランニングをする余裕など当然ありません。そこで考えました。「じゃあ、早朝走るしかないじゃないか。」と。苦肉の策として導き出したのが、早朝時間の活用でした。幸いにも、転勤族だったため、会社から徒歩5分の距離にあるアパートを借り上げてもらっていました。通勤時間がないに等しかったことは、不幸中の幸いです。
それまでは、出勤日の午前0時半に就寝し、出社ギリギリの7時前までとにかく寝る、という睡眠最優先スタイルでした。しかし、「ランニングする(=自由時間を持つ)」という目的が明確になってからは、6時には起床し、30分走ってから出勤という生活に変化していきました。これは、自分でも驚きました。早起きそのものを目的にしていたら、こうはうまくいかなかったと思います。当時はそんなこと深く考えずにやっていましたが、いま思えば、目的と手段がしっかりかみ合っていたのです。
何度も言いますが、早起きはあくまで手段です。自由な時間を確保するために出てきた最適解の一つにすぎません。では、ここでひとつ問いかけを。あなたのスケジュール帳を見てください。そこには、あなたのための時間はどれだけ記されていますか?時間をつくる方法は、早起きだけではありません。でも、早起きは今すぐにでも試せる選択肢の一つです。あなたが「なぜ時間をつくりたいのか」を明確にすれば、手段としての早起きも、きっと強い味方になってくれるはずです。
