短絡的な選択を避ける

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愚か者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言われています。経験も歴史も、過去に起きた出来事という点では同じです。しかし、学ぶということは、それらから得られるメリットを選び、リスクを避けるために未来を予測する作業です。もしタイムマシンが発明されたら、誰もが未来を確認してみたいと思うでしょう。一方で、過去を変えるために使う方法も考えられます。未来が分かれば、現状のままでは理想と異なる未来が訪れると分かり、今の行動を変えることになるでしょう。また、過去に戻って自分や関係者の言動を変えることで、現在の自分を変えるという選択肢もあります。しかし、この場合、現在の自分が存在しなくなるというパラドックスが生じる可能性もあります。過去を変えることには、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公マーティのように、現在の自分が消えるリスクや環境が変化するリスクが伴います。リスクを避けたい私としては、未来を見に行きたいと思います。

さて、タイムトラベルと経営の関係についてお話しします。ビジネスやテクノロジーの最先端を行く米国のシリコンバレーから、その手法を取り入れることを「タイムマシン経営」と呼びます。シリコンバレーという近未来からノウハウを移植し、自社にアドバンテージをもたらす方法です。一方で、その逆を行うのが「逆タイムマシン経営」です。歴史とは、すでに結果が出ているものです。その過程や因果関係も分析可能です。この膨大な情報源である歴史から学ばないのは愚か者の行為です。一方で、経験は一人の人間という限られた情報源に依存しており、そこから得られる未来予測の精度は歴史に比べて圧倒的に劣ります。これが冒頭の言葉の意味するところです。

「これからは●●の時代」とメディアが喧伝することがありますが、●●を採用したからといって成功できるほど世の中は甘くないというのは周知の事実です。手法や戦略が独り歩きし、自社の市場に適さないケースが大半です。結果的に手法そのものが目的化し、成果が伴わない状況が生じます。これを「文脈剥離」と言います。本来、戦略を練る際には、市場を分析し、その成長性を見極めること、競合他社の属性を理解すること、自社の経営資源を最大限活用する方法を考える下準備が必要です。これらが一つのストーリーとして連続性を持ち、文脈として機能しなければなりません。過去に●●を使って成功した事例をそのまま真似しても、反射的にそれを真似しても多くの場合は失敗します。現状を正確に把握しなければ、戦略を立てることすらできないのです。いかなる時も、現状把握が戦略の出発点となります。

戦略とは「戦いを略す」こと、すなわち不要な戦いを避ける手段です。不戦勝であれば、リソースの消耗を避け、戦いに神経をすり減らすこともないので精神衛生上もよろしいものです。しかし、いつしか手段と目的が逆転し、「戦略ありき」の考え方に陥りがちです。●●を取り入れること自体がゴールとなり、文脈がどうなっているかを考えなくなるのです。●●は単なる手段であり、それを取り入れた理由こそが重要です。目的と手段を混同するのは、愚か者の特徴です。

なぜこのような初歩的なミスが起きるのでしょうか。「逆タイムマシン経営」の視点から過去を振り返ると、3つの落とし穴が見えてきます。一発逆転を狙う「飛び道具トラップ」、今しかないと考える「激動期トラップ」、目新しいものを過剰評価する「遠近歪曲トラップ」の3つです。これらのトラップに陥る原因は、思考停止です。どれも短絡的思考から生じます。問題解決の答えを外部に求め、ネットや参考書だけに頼ろうとする姿勢が、トラップへの入り口となります。これを避けるには、外部の答えに依存せず、自ら考え答えを導くしかありません。

確かに行き詰まったとき、同様の事例を過去に誰かが経験していることは少なくありません。近しい事例が見つかった場合でも、そっくりそのまま採用するのではなく、自社の文脈に合うよう書き直す作業が必要です。短絡的な行動を避け、歴史にヒントを得ながら、自社にとって最適な答えを導き出すことが重要だと考えます。

参考文献:逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知