正直な選択は、あとから効いてくる
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今回は本の紹介です。突然ですが、後悔のない人生とは、どんなものなのでしょうか。おそらく、多くの人が一番悔やむのは、目的を完遂できず、中途半端な状態で終えてしまったときではないかと思います。自分の意思を貫いた結果、不可抗力によって未遂に終わったのであれば、納得できなくもありません。しかし、本当はAを選びたかったのに、世間体を気にしてBを選んでしまったとき。あるいは、親しい友人の強い勧めに流されてしまったとき。自分の心の声に従わなかったがために、不本意な結果を引き受けることになったとき。こうした後悔は、なかなか厄介です。積み重なると、人生そのものが未遂で終わった気がする感覚にすらなります。これは、なかなかしんどい。
ここで本書『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の話に入ります。ネタバレが気になる方は、ここで一旦ページを閉じた方が良いかもしれません。物語の舞台は、小さな観光町で起きた殺人事件です。
人の行動には、必ず理由があります。誰しも、他人より自分を少しでも良く見せたいと思うものです。実力以上に自分は大きな存在だとアピールしたくなる気持ちも、正直よく分かります。ただ、背伸びをして大きく見せたところで、そんな状態が長時間続くわけがありません。つま先立ちを、ずっと続けるのは無理があります。いずれ足がプルプルして、現実に戻されます。つまり、化けの皮は、いつか必ず剝がれる。正しい行ないが、誤った理由に基づいていてはいけない、という話です。
運よく一時的な成功を掴んだとしましょう。その成功が実力なのか、それとも再現性のない偶然なのか。実は、本人が一番よく分かっているはずです。たまたまつま先立ちができただけなのに、それを自分の身長だと勘違いしてしまう。その勘違いがバレる日は、ほぼ確実にやってきます。
そのとき、背伸びしていないありのままの自分を受け入れられるかどうか。ここが、その後の成長を大きく左右する分かれ道になると思います。実力不足のまま一時的に成功してしまうと、それを手放したくないがために、冷静さを失うことがあります。物語の中では、極端な形として「人を殺めてしまう」という結果に至りますが、これは合理的な判断とは到底言えません。
もしそれが偶然の成功であったなら、これは偶然だったと素直に認める。そうすれば、その後の行動次第で、偶然を必然に変えることもできると思います。
いかなるときも、出発点は今の自分自身を受け入れることです。品よくデコレーションして隠すのではなく、思い切って全部さらけ出してしまう。それができれば、目標に到達できる確率は、かなり上がると思います。恥ずかしがっていても、何も始まりません。しかも実際のところ、自分が思うほど、周囲の人は驚きません。「まあ、そんなもんだよね」で終わることの方が多いものです。
人との出逢いは奇跡的なものです。できることなら、一生の付き合いにしたい。そのためには、お互いが真実をさらけ出す必要があります。猫を被った状態が、本物であるはずがありません。世間体を気にしたとき、友人の勧めに流されたとき。それは相手への気遣いではなく、嫌われたくない自分を守るための気遣いになっていないでしょうか。
真実は、時間がかかっても必ず明るみに出ます。猫を被っていたことがバレた後で「こんなはずじゃなかった」と思うのは、決して珍しい話ではありません。であれば、やることは案外シンプルです。
無理に良く見せなくても、背伸びをやめても、それでも続く関係や人生の方が、たぶん長持ちします。後悔のない人生とは、立派な成功談ではなく、未遂をできるだけ減らした人生かもしれません。

参考文献:ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人