学ぶほどに景色が変わる
- 記事
世の中でのし上がっていくためには、勉強する以外に方法はない──これは少し大げさに聞こえるかもしれませんが、私はそう確信しています。一時的にラッキーパンチが当たることはあるでしょう。けれど、それを継続させるにはやはり頭を使って考えるしかありません。なぜなら、再現性のない成功は、いずれ必ず衰退するからです。幸いなことに、今の時代は勉強の機会があふれています。学校に通わずとも、インターネットさえあれば論文だって読めます。無料で。しかも24時間。※ただし、ネットに接続できる環境が必要です(それがなければ、まずはWi-Fi環境から整えましょう)。
とはいえ、環境が整っても勉強は学校でするものという固定概念が抜けない人もいます。まずはその思い込みを捨てるところからがスタートでしょうか。人から聞いたことでも、本で読んだことでも、本人に学ぼうという気持ちさえあれば、何からでも学べるはずです。逆に言えば、どれだけ良質な教材を目の前に積まれていても、学ぶ気がなければ全部無駄になってしまいます。まさに宝の持ち腐れならぬ情報の持ち腐れです。
教養がないと、将来のあなたの上限は「無知蒙昧な成金オヤジ」だと言われています(なかなか厳しい表現ですが…あえてそのままにしておきましょう)。たとえばサッカーを観戦するにしても、ルールを知らなければ深く楽しむことはできません。この世のからくり──つまりルールを知らずして、人生を楽しむことなどできるわけがないのです。そして、このからくりを理解するために必要なのが教養です。
サッカーで言えば、ルールをよく分かっていないのに解説席に座っているような人──これがいわゆるインチキ解説者です。そして、残念ながらそれと同じことが経営の現場でも起きています。経験だけがモノを言うと言いながら、根拠なく自信満々な成金オヤジ風経営。…誰とは言いませんが。
仕事上、顧問先の営業スタッフから相談を受ける機会があります。その中で、明確に感じるのは伸びる人は、貪欲に学び続ける人であるということです。たとえば、夜中に「この案件、どう切り崩したらいいですか」と電話をかけてくるような人(常識的にはどうかと思いつつ)、その姿勢は確実に実力を伸ばしています。
サッカーであれ営業であれ、突き詰めれば突き詰めるほど知識の広さが求められるようになります。教養の深さが会話ににじむ人と話していると、こちらも刺激を受けますし、自然と仕事もしやすくなります。まさに良い人材は、周囲の知性も引き上げるの典型ということです。
以前『情報化時代の生存戦略』にも書きましたが、良質な情報を持っている者が強いのは当然の話です。いや、もっと言えば、情報の掛け算ができる人が最も強いと思います。知識を単体で持つだけでなく、組み合わせて知恵に変えられる人です。そういう人は、周囲から「こいつは分かってる」と一目置かれます。その結果どうなるか──人が寄ってくる、お金が集まる、任される、頼られるわけですね。この状態を相談了解と呼びます。よく医者と患者の関係で例えられます。風邪をひいて病院に行き、診察してくれた医者が出した薬を拒否する人は、ほとんどいません。多少ムッとするような態度を取られても、大抵の人は黙って薬を飲みます。なぜか? その医者が、代えの効かない専門知識(=教養)を持っていると知っているからです。
つまり、教養とは他者を動かす力であり、同時に自分の限界を知るための道具でもあります。己を知ることがすべての勝負の出発点だと思います。そして、教養の磨きには終わりがありません。もうこれで十分と思った瞬間から、人生のからくりは再び霧の中に消えていきます。だからこそ学び続けるわけです。からくりが見えてくるほど、人生はどんどん面白くなると思っています。
