判断を誤らせるものの正体

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事実だけをベースに物事を見る、あるいは判断することは非常に大事です。情緒的な判断がうまくいくケースも、たしかにゼロではありません。ただし数としては少ないですし、何より再現性がありません。この点については、これまでも繰り返し述べてきたことだと思います。
私自身、ゼロから気づいたことはほとんどありません。多くは本から得た知識です。本を読んで得た知見は、実際に役に立つことが多い。情報源はいろいろありますが、私の場合は紙の本が一番性に合っています。何よりコスパが良い。千数百円で著者の思考プロセスを丸ごと借りられるのですから。
もっとも、お得だからと調子に乗って買い過ぎた結果、自宅には未読の本が積み上がっています。いわゆる積読です。その山はいまだ隆起を続けており、なくなる気配はありません。いつか雪崩が起きてもおかしくないレベルです。その中から一冊を引き抜き、ようやく手を付ける、ということも珍しくありません。

本を読むスピードは決して速い方ではありません。以前、どこかの本で「読むスピードが遅い人は、そもそも本を買う量が足りない」と書かれているのを読んだことがあります。なるほど、と思いつつ、これ以上買うと家が本に占拠されるのではないかと危惧しています。もっとも、これも本で得た知識なので、案外正しいのかもしれません。
よく考えてみると、スピードが遅いのではなく、読む量が足りない可能性もあります。というのも、買う量が増えて積読が増えれば、これはまずいと積読解消のために工夫し始めるかもしれないからです。そう考えると、真の要因は「読むスピード」ではなく、「積読に対する課題意識が低いこと」なのかもしれません。
真の要因を把握できていないまま、読むスピードを上げようとするのは、問題設定を間違えている可能性があります。これも事実を見るという話で、そもそも解いている問題は合っているのかという検証を、最初に行う必要があります。

余談はさておき、私が会社勤めをしていたころ、その会社の前身では大前研一さんの『企業参謀』が、戦略的思考のバイブルとして扱われていたそうです。問題解決のための思考法として、これほどのものはない、と。不要な戦いを避ける考え方は、どんな仕事においても欠かせません。解いている問題が間違っていないのであれば、次に必要なのは戦略的思考です。
生きていると、日々いろいろな問題が降りかかってきます。まずは「問題は何か」「その問題は何を意味しているのか」を正確に把握する必要があります。起こっている事象を分析し、自分や自社にとって有利な形に組み立て直す。これが戦略的思考だと思います。
主体が個人であれ、企業であれ、国であれ、環境から好ましくない事態は必ず降りかかってきます。それを予測し、回避するためのものが戦略です。戦略とは、文字通り戦いを略すことでもあります。無駄な体力を使わないためにも、不要な戦いは避けるに越したことはありません。

現状を把握するために集めたデータの断片を、質の高い情報へと昇華させることが重要です。世界で何が起こっていて、それがどんな事態につながろうとしているのか。私情や情緒的な見解を挟まず、事実だけをベースに分析できれば、問題解決の確率は格段に上がります。世界中の出来事は、日々ニュースとして流れてきます。ただ眺めているだけでは単なるデータの断片でしかありません。
しかし、「これは何を意味しているのか」「要因は何か」「因果関係はどうなっているのか」という視点で見ていくと、実は影響し合っていることが見えてくるかもしれません。それが自分とどう関係しているのかが、ふと浮かび上がることもあります。データを情報に変え、仮説を持って向き合うことで、情報の質は一段上がります。

偏見に囚われると、起こっている事象を客観的に分析できません。きちんと分析できれば、次に何が起こるのかは、論理的に考えてある程度予想がつくことも多いものです。一見すると難しそうな事象も、分解して一つずつ見ていけば、冷静に対処できるようになります。事実を見る目を養うこと、世の中の動きを掴もうとする姿勢。そうした心構えが、結果として問題解決能力を高めてくれるのだと思います。