デジタル時代、生産性は隠せない

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コロナショックで働き方は大きく変わりました。私自身、場所や時間に縛られることがほとんどなくなり、可処分時間はかなり増えたと感じています。もともと通勤時間や勤務時間という概念は曖昧でしたが、クライアントとの打ち合わせがオンライン中心になったことで、移動時間がほぼ消えました。同じアウトプットを出すのにかかる時間が短縮されれば、自由に使える時間が増えるのは当然です。しかも評価は成果ベースです。私にとっては、正直ありがたい変化でした。問題は、その増えた時間をどう使うかです。

多くのビジネスパーソンも、可処分時間が増えたはずです。もちろん業種によって事情は違いますが、ZoomをはじめとするITツールを使いこなせるかどうかで、生産性にははっきりとした差が出ています。テレワークは、自由なようでいて実はかなりシビアです。出社しなくてよくなったと浮かれている人もいるようですが、通勤時間がなくなったこと自体は喜ばしいとしても、空いた時間をただ娯楽に使うだけでは未来は開けません。オンライン会議では、意見を発する人とそうでない人がくっきり分かれます。これは残酷ですが、画面越しだと何もしていない人がより目立つのです。会議で何も発言しないということは、極論すればその場にいる意味が薄いということになります。テレワークでは、努力している雰囲気は評価されません。アウトプットだけが評価対象になります。皆勤賞や長時間残業という評価軸は、もはや通用しにくい時代です。

家にいて何をしているのか分からない人に、毎月定額の給料が振り込まれるのが当然という時代ではなくなりつつあります。新たに生まれた時間を、自分磨きに投資できるかどうか。これが、デジタル社会で生き残れるかどうかの分水嶺だと感じています。日本国内で日系企業に勤めていれば安泰、という時代でもありません。日本人の人件費は世界的に見れば決して高くありません。裏を返せば、生産性が低いと評価されている側面もある、ということです。今よりも高い付加価値を示せなければ、仕事は海外の高生産性人材にシフトするかもしれません。あるいは、もっと安い国や、もはや無料のAIに置き換わる可能性もあります。(冗談のようですが、冗談では済まない空気もあります。)

では、どうすれば勝ち残れるのでしょうか。まずは、将来どうなっていたいのかを明確にすることです。日本人は目標がはっきりすると、意外と底力を発揮します。明治維新以降の「欧米に追いつけ追い越せ」という歴史が、その証拠です。目標が見えると人は強くなります。逆に、目標が曖昧だとどこに向かって努力しているのか分からなくなります。時代によって問われる仕事力は変わります。だからこそ、自分なりのビジョンを持ち、増えた時間をどう使うかを真剣に考える必要があります。可処分時間が増えたこと自体はチャンスです。それをチャンスにするかどうかは、自分次第。このあたりは、昔から何も変わっていないのかもしれません。